黒柴犬・静(しず)の闘病記(2) 土砂降り8月底の底 2017/8月

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2017年9月27日。
もう少しで13歳になるハズだった、
黒柴犬の女の子・静(しず)が他界しました。
黒柴 静 闘病記
この記事は、
黒柴犬・静の最後の2か月間の闘病日記です。

これは、完全に私的な記録です。
ですので、他人様が読まれても何の意味も有りません。
もしも、犬の末期介護に興味のある方が読んだら、
少しは意味あるかも知れませんし、
全然無いかも知れません。

初 稿:2018年2月8日

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黒柴犬・静(しず)の闘病記(2) 土砂降り8月底の底 2017/8月

<<目 次>>

  1. さすがに、ヤバいと思う雰囲気来たる。
  2. 困難な状況(1)・徘徊が来たる
  3. 落ち着かない盆休み、でもこの休暇は有り難かった
  4. 困難な状況(2)・ケイレンが来たる
  5. 静の闘病カレンダー 8月

さすがに、ヤバいと思う雰囲気来たる。

8/1~8/2の状況 まだ深刻な物とは考えていなかった。

2017年の8月は、
静の健康という面では、最初から黄色信号が灯ってた。

すでに、夕方の散歩は最短ルートになっていた。
駐車場隣りの空き地コース。

この最短コースを、静は自力で歩いた。
行き帰りをちゃんと歩いて、空地を一回り。
うんちも出た。

理屈としては、
いつ何時どうなるか分からない・・などと言っても、
気持ちの上では、
まだまだ大丈夫・・なんて流れだった。
黒柴 静 闘病記
※イメージ写真 散歩 元気だった頃

結局、この2日間の夕方の散歩が、
静にとっての最後の、
散歩らしい散歩となってしまったのだけれども。

8/3~4の散歩は、ほとんど抱っこで歩いた。

朝の時点では、特に調子が悪かった。
少しだけでも外の空気に当てようと外に出す。
ふらふらと車道のほうへ歩いて行ってしまう。
意識がハッキリしていないのか?
それとも目が良く見えないのか?

↑コレ、
その後来る困難な状況の伏線だった。
この時点の自分達には、分かりようも無かったが・・・・・

夕方は、そんなに状況も悪く無くて、
意識はハッキリしてるようだった。
でも、地下道脇の三角空き地まで歩くので精一杯。
そこから先は、抱っこして駐車場隣りの空き地へ行く。
空き地をヨタヨタ歩くも、うんち出ない。

静を抱いて零を連れての散歩は正直大変。
当然の事ながら、零は散歩が全然足りて無い、
不満ながらも、取りあえず我慢してくれている。

8/5 ようやっと獣医さんへ行けた

衰弱ぶりに獣医さんも驚く。
(2週間ほど前に見て貰ってるのだが)

この日はとりあえず注射を打ってもらって、
まずは体力を確保する事が最優先と言う事で、
来週から点滴を中心とした治療を実施する事になった。

注射のパワーか?
少し元気が出た。

不治宣告から末期介護のスタート

3日連続点滴・不治宣告

8/7・8・9と3日連続で点滴を行う。

朝、妻が獣医さんに連れて行き。
夕方、自分が迎えに行くというパターンを確立。

7/8、2回目の点滴の日、迎えに行くと、
パソコンの画面でレントゲンを見ながら説明を聞かされた。

頭蓋骨のがん化の疑い。
正確には、組織を切り取って検査しないと分からないが、
状況から見て、ほぼ間違い無いとの所見だった。

むろん、わざわざ手術をして患部を採取するなど、
全く必要性を感じない。

もはやこれをもって、
不治宣告として受け取るしか無い。 

頭蓋骨の異常から来るのだと思うが、
大きく口を開く事も出来なくなっている。
左目は白内障が進んで、見えなくなっている。

前回の診察では、そんな事まったく言われなかったのに。
(自分達も、ちょっと変だとは思ったけど異変とは思ってなかった)

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方針を決めねば、でも選択肢はとても限られている。

治療の方針を決めないといけない。

なんと、選択肢には『安楽死』もある!
選択肢の中にそれがある事で、置かれた状況の深刻さを認識する。
自分はこれを選びようもなかった。
が、
動物を飼う身であれば、いつ何時、
この選択肢を選ばなくてはならん状況が来るやもしれぬ
と、
改めて思い知った。

その正反対の選択肢が、
一縷の望みを掛けての、放射線治療である。
ただし、東京まで行かないと設備が無い。

どれだけ通えば良いのか?
果たして良い結果が出るのか?
現段階では、どちらも良く分からない。

病状が進行して、これほど衰弱した今となっては、
犬にも人にあまりに負担が大きくて、
その割には、
期待出来る結果は、はなはだ心もとない・・・・・
コレでは、とてもじゃ無いが選びようがない。

それで、
点滴で体力をサポートしつつ、
クスリで痛みや苦しみを押さえる・・・という方針を取る事にした。
獣医さんによれば、
それで数か月も生きる例も有るとか。

こんな事しか選びようが無い、
結局、選択肢など無いも同然だったのだ。

あれから半年近くが経過、
この選択が正しかったのかどうか、
自分でも分からない。どうする事が最善だったのだろうか?
分からない。
人間ですら、末期がんの治療方針をどうするか?
決まった答えなんか無いのだから。

末期介護は、いよいよこれから。
予想以上に困難な事は多かった。

でも、まだ静はここに居たんだよ。

コメント

  1. みき より:

    全部読ませていただきました。
    私にとって、ものすごい意味のあるブログでした。
    愛情溢れる日々の生活と介護、静ちゃん幸せでしたね。
    私も我が子をこんな風に介護できたら、きっと幸せに旅立ってくれるなぁ……と。
    本当に意味がありました!

    ありがとうございました。
    その後ゼロちゃん、元気かな?

    • 小犬のプルー より:

      みきさん こんばんわ。
      子犬のプルーです。
      コメントありがとうございます。
       
      こんな長い記事を読んでいただけただけで、
      書いた人間としては感激です。
      また、 
      このような私的な記録が、
      みきさんにとって、多少なりとも意味があったなら、
      幸いであります。
       
      静を見送って、そろそろ1年になります。
      別れはつらいけど、
      良い思いでを沢山残していってくれましたよ。 
       
      零は、この夏の暑さが随分と効いたようです。
      だいぶ涼しくなりましたので、
      今は元気でやっております。